至高なる大祭司であり王であるキリスト宣教会

灰の水曜日

2012年02月23日

今年も四旬節が始まりました。昨年の灰の水曜日の週の金曜日に日本を地震と津浪が襲い、多くの死者と被害者が想像を絶する苦しみにあい、苦しみはまだ今も続いています。

どうか少しでも多くのかたが苦しみの中にあって、神の憐れみに心をひらきますように。

 

日々の黙想

昨日、世間は享楽に沸き、約束の子ら自身も無邪気な楽しみに浸っていましたが、今朝一番に預言者(訳註1)の告げた聖なるラッパが響き渡りました。このラッパは四旬節の大斎の厳かな始まりを告げるものです。四旬節こそは償いの時、私たちの救いの偉大な記念日がいつにも増して差し迫っている時期です。だから私たちキリスト教徒は立ち上がり、主の戦いを闘いぬく準備をいたしましょう。

しかしこの肉体に対する霊の闘いにおいては武装が必要です。だからこそ聖なる教会は私たちを至聖所に召集し、霊的な義勇軍の兵士である私たちを訓練で鍛えるのです。すでに聖パウロが防衛のやり方について詳細に亘って教えてくれました。彼は言います。「真理で腰回りを堅め、正義の胸当てを身につけて、(・・・)平和の福音を告げるための準備を足ごしらえとし、(・・・)信仰の盾をかざしなさい。(・・・)救いの兜を頭に戴きなさい。(訳註2)」また使徒の中の貴公子(訳註3)も自ら私たちに語っています。「キリストが肉において苦しまれたのですから、あなた方もまた同じ心構えをもって、自分自身を武装しなさい。」こうした使徒たちの教えを教会は今日、私たちに思い起こさせるのです。しかしまた、教会は、これから私たちが立ち向かう闘い、つまり私たちが通り抜けていくべき償いの道を必要とするそもそもの原因となった、神に背く行いをしたその日に遡るように私たちを促すことで、使徒たちの教えに劣らず雄弁な教えを付け加えているのです。

 

 

訳註1 ヨエル。ヨエル書2章12〜19節

訳註2 エフェソ、6章14〜17節

訳註3 聖ペトロ。ペトロI,4章1節

 

ドン・ゲランジェ、「典礼の一年」