至高なる大祭司であり王であるキリスト宣教会

日本帰国中のミサ

2012年05月04日

日本帰国中に京都で4月22日の日曜日に、ミサをあげることができました。

ヴィアトール会のイブ・ボアベール神父様、そしていろいろと、このミサのために用意してくださり、また心をこめてミサにあずかってくださった、京都カトリック聖ヴィアトール北白川教会のみなさんに感謝します。

 

ミサでの説教を載せます。

主に感謝

最初に今日この素晴らしい北白川教会でミサを捧げることを許してくださったヴィアトール会のボアべール神父様に感謝したいと思います。 暖かく迎えてくださった教会の信者の方々にも深く感謝します。

私は今から20年ほど前に京都で学生時代を数年過ごしました。1995年から日本を離れ生活をしておりますので、こうして再び多感な学生時代をすごした京都に戻ることが出来、なつかしいふるさとに帰ってきたような気がします。

先週、久しぶりに米国から日本に帰ってきましたので、実家の近くにある温泉に一泊で行ってきたのですが、朝食のあった大広間の壁に額がかかっていました。そしてその額には戦後の名の知られたある政治家の書がかかれていました。わたしの父は高齢でその政治家の名前を知っていたので、給仕をしてくれる若い女の人に、この書はえらい人がかいたんやでと言ったら、彼女は「わたし、そんな人は知らないです。もっと最近の知っている人の書をかけてくれたらいいのに」と言っていました。

実際、時間とは不思議なもので今日、非常に話題になっていることでも、数年たって、そのことを思い出すと非常に古臭く感じてしまいます。

さて、私達カトリック教徒にとっての信仰の源であるイエス・キリストは今から2000年以上も前に生まれ、生涯を生きた方です。そして私達の生活はイエス・キリストを中心にして回っていかなくてはいけません。言うのは簡単でも実際のところ、それを実現することは実に難しいことだと思います。しかし先ほどお話した、時間の不思議、また人間の忘れやすさを思うと、それはある意味ではごくあたりまえかもしれません。

教皇ベネディクト16世は今年、信仰年が開催されることを告示されました。そして教皇は信仰年を通してすべてのキリスト信者が次のことを深く知る機会を作ってくださいました。

 

それはある出来事との出会い、ある人格との出会いです。そしてこの出会いが、人生に新しい展望と方向付けを与えてくれます。

現代においても信仰は再発見し、深め、証しすべきものです。何故なら、主は私達一人ひとりに、キリスト信者であることの素晴らしさと喜びを可能にしてくださったからです。そしてイエス・キリストとの出会いこそがキリスト教信仰の基盤であり、2000年という時を越えて、私達の信仰にその完全性と輝きを与えてくれます。

私達日本のカトリック教徒にとって京都は特別な地です。今年列聖150周年を迎える日本26聖人が十字架の道行きをはじめた地であり、またかっては、聖ザビエルの悲願であった被昇天の聖母教会が建てられ、多くの殉教者によって聖とされた地です。その京都という地で、今日、ミサをあげることのできるということは大きな恵みであり喜びです。

ミサはイエス・キリストが2000年前に制定されたものですが、それは単に過去の出来事をなつかしんで追悼するとかだけではないのです。

第二バチカン公会議の典礼憲章はこういいます。

『私達の救い主イエス・キリストは引き渡されたその夜、最後の晩餐において御身体と御血による聖体の犠牲を制定されました。それは十字架の犠牲を主の再臨まで世々に永続させ、しかも愛する花嫁である教会に、ご自分の死と復活の記念祭儀を託するためでした。すなわち、これはいつしみの秘蹟、一致のしるし、愛のきずな、そして未来の栄光の保証が私達に与えられる過ぎ越しのうたげです。

2週間前に復活祭を祝いましたが、実際イエス・キリストは時間と空間を越えてミサの内で、私達に語りかけ、ミサを通じて私達に出会い、ミサによって自らの命を与えられます。

私は17年前に洗礼を受け、信仰の歩みのうちで神はこの特別形式のミサに出あわせてくれました。

このミサは16世紀に聖ザビエルが日本に宣教に来られたときに捧げられたミサと同じミサです。その、ある意味では古いミサをあげるのはノスタルジーでもまた古いものはすべて良かったというのではなく、聖霊は聖ペトロの後継者である教皇の口を通して、同一のローマ典礼のもう一つの形式のこのミサを再発見し、この形式を通して至聖なる聖体の神秘、イエス・キリストの現存に出会うように私達を招いておられるからからです。

 

親愛なるみなさん、善き牧者であるイエス・キリストの声を聞き分けることが出来るよう恵みを祈り求めましょう。